棺の花・2















私はこの頃、神羅邸での仕事が増えた



神羅邸のまわりが物騒に、というかプレジデントが狙われているのが理由だが









「最近は忙しくて構えなくて」



リーブさんが言った言葉だ

それは彼氏や彼女の台詞じゃないのかな







庭でしゃがみ込むルーファウス様を見付け、すぐに庭に出た

辺りは既に暗い



「ルーファウス様、1人で外に出ないでください、危険です」



ルーファウス様はゆっくりと振り向き、立ち上がった



「ルーファウス様、窓にも近付かないで下さいね」

「口うるさいな、きみは」



丁度プレジデントが廊下を通りかかり、窓から顔を出した



「ツォン、いいところに居たな。出かけるから車を回せ」

「はい」



それだけ言うと、その場を去って行った

ルーファウス様とプレジデントは、お互いに目もくれず



「もう遅い。お休みくださいね」



足早に車へと歩いた







「プレジデント、屋敷には私の他に護衛は?」


「お前だけだ」



「護衛は必要ないのですか?」



屋敷にはルーファウス様が、と続けようとすると



「私に護衛がついているから、問題ない」



屋敷には確かにルーファウス様1人ではない

でも、危険な時にルーファウス様を1人にしていいのだろうか?


そういえばプレジデントとルーファウス様の楽しげな姿を見たことが無い

リーブさんの「世間的には恵まれた子」というのも、なにか、引っ掛かる






帰宅していい、と言われたが、神羅邸に戻った


暗い客間に1人、ルーファウス様が小さな明かりを点けて読書をしていた



「起きてらしたんですか」



私を見ると、ルーファウス様はポーションを投げた



「ご苦労さま」



そして立ち上がり、部屋を出た



私は何も言えずに立ち尽くす

もしかして待っていたのだろうか



これを渡すために?




「ルーファウス様」



早足で追うと、簡単に追い付く

振り向くルーファウス様はわずかに首を傾げる



「ありがとうございます。疲れが飛びました」

「飲んでないだろ、それ」

「だって、待っていて下さったのでしょう?」

「…」

「私は家に帰っても、誰も待っていてくれる人が居ないので、嬉しかった」



私が笑うと、ルーファウス様も和やかに、笑った



「うん」



私は、嬉しかった



「眠れますか?」

「わからない」

「少し、お話の相手をしてくれませんか?」

「構わないが、何の話をしたら楽しいんだキミは」

「キミではなく、ツォンとお呼びくださいませんか」

「…わかった、名前でだな」

「ありがとうございます」

「で、その名前は本名か?」

「は?…ああ、いえ、本名ですよ」

「そうか?」




話をしながら歩いていると、ルーファウス様のお部屋についた


ルーファウス様は部屋に入れと合図をする

私はルーファウス様の部屋へ足を踏み入れた


大人とかわらない、遊び心の無いシンプルな部屋だった

ルーファウス様は電気をつけて、ソファに座った



「座れよ。何を話そうか」

「失礼します。
ルーファウス様は、毎日何をなさっているのですか?」



座りながら私はルーファウス様に問い掛ける



「私の話なんかしても、お互い楽しくないぞ」

「私はもう少し、ルーファウス様の事を知りたいのです」

「お前も、気に入られたいのか」



ルーファウス様の声が冷たくなる

地位などの為に、寄ってくる輩が多いのだろう



「ルーファウス様、私には貴方が、あまりにも不器用な子供に見えます。
貴方と同じ年ごろの少女と接することがあるのですが
どうも貴方は子供らしくなく、可愛げがない。
気に入られたいのではなく、なぜそんなに子供らしくないかが知りたいのです」



ルーファウス様は不器用な笑顔を見せた

それは子供でなくとも、、見たくない表情だった



「私はいつも、神羅カンパニーを継ぐために準備をしている。勉強というやつだ」

「楽しいですか?」

「まあな。新しい事を知るのは楽しいぞ」

「ルーファウス様は、ご友人はいますか?」

「いない」

「何をして遊ぶんですか、勉強以外で」

「さあ、普通じゃないか?会社を見て回ることもあるし、銃を撃ったり」

「遊びですかそれ」

「遊びだ」

「子供らしくない」

「たまにリーブが、動物園とかそういう所に連れていってくれる。
ヴェルドも相手をしてくれる」

「プレジデントとは行かないんですか?」

「まさか、あいつは私に時間を割かない」

「ルーファウス様はプレジデントとは……」

「私とあいつにあるのは血の繋がりだけだ。情はない」



それはまだ、子供が親の立場や気持ちを
理解してないからというわけではないのだと思う


「私はいつかおやじを、殺す」

「…何故、貴方のお父さんでしょう?」

「血が繋がってるからとか、家族だから、とか関係無いだろう。
そんなつながりが、そんなに大事か?」



言葉に詰まる

この子は、家族の愛を受けていないのか



「家族とは…そういうものでしょうか?」


「家族だって、他人だ」



そういいながら、愛情を欲するのが子供じゃないか?

ルーファウス様には、その「愛情を欲する」ような色が見えない




「…そういうのは、悲しい、ですね」

「何故だ」

「寂しくないですか?」

「これが普通だからな、寂しいなんて考えたこともないな」

「リーブさんが、お父さんみたいですね」

「それは可哀想だ。兄くらいにしてやれ」



つい、笑ってしまった



「リーブさんが、大好きなんですよね」

「でも、リーブだって女くらいいるだろうから、あまり…自由は奪えない」



寂しいんだろう

エアリスも、複雑な環境にいる子だが、こんな顔はしない

この子には愛情が足りていない


甘える場所が無いのだろうか

リーブさんやヴェルド主任には?

子供らしく、甘えたりはしないのかもしれない



私はごく自然に、守りたいと思った



「私は彼女はいないですよ、作りもしないですし」



だから、何?

そんな答えが反ってきそうな空気だった



「…ツォン」

「はい、なんでしょうか」

「私は簡単に人を裏切る人間だ」

「それは知りませんでした」

「そうか」

「…でも、リーブさんやヴェルド主任を裏切ることはしないでしょう?」

「目的や目標が違えば対立も有り得る」

「…ルーファウス様、もう少し、計算なんかしないで、
今の気持ちを素直に表現したらどうですか」



ルーファウス様は複雑そうな顔をして、私を見上げている



「計算をしているつもりはない」

「貴方は賢い。私の言いたいことは伝わっていますよね?」

「…ではツォン、私がツォンを裏切るまで、私を守れるか」

「貴方が私を裏切ったら、守らなくていいんですか?」

「そりゃそうだ」

「裏切られてから、考えますよ」



私は笑って、そして立ち上がり、床に膝を片方ついて

頭を下げた



「ルーファウス様。私が、全力で貴方をお守りします」




ルーファウス様が私の肩に手を置き、手を引っ張った



「これを」

「これは…」



それは、見慣れない型の銃

受け取ると、手にしっくりと馴染み、性能の良さが伝わってくる



「それは、私には少し重くて大きい。だが確かなものだ」



私を守るため、私を守る自分自身を守るために使え、と、私の小さな主人が言った



「ありがとうございます」








「ところでルーファウス様、携帯電話はお持ちですか?」

「ああ、あるよ」

「私の番号を登録して下さい。いつでもお電話を」

「うん、でもツォンは忙しいんだろう?リーブが言っていた。
自分より忙しいのではないだろうか、って」



二人の間で、僅かでも自分の話題が上がっていたことに驚いた

ルーファウス様は自分の携帯を取り出し、私の携帯を手に取り赤外線通信をはじめた



「忙しいですよ。ですが、出来る限りの最大限の努力をして、貴方のもとへ駆け付けます」

「うん、それで私は満足だ」



そしてルーファウス様は少し笑って私を見た



「急ぎ以外は、メールしていいか?」

「用事に関係なくとも、いつでもどうぞ」















『お疲れ様』


翌日、ルーファウス様から仕事がおわる時間に一言だけのメールが入ってきた

彼のことだ。きっとこれを送信するのに勇気を遣ったに違いない

自然に笑みがこぼれる



「お疲れツォン」



突然肩を叩かれ、振り向いた



「リーブさん、お疲れ様です。最近ルーファウス様に会っていますか?」

「いいや、会ってないな。
次の休みは予定があるし、その次の休みはルーファウスが予定があるし。
なかなか会えない。ツォンは最近神羅邸に出入りしているんだろう?
どうだ、元気だろうか?」

「はい、変わりありません」

「ツォン、頼みがある。ルーファウスは、あれでいて寂しがり屋だ。
見ていてやってくれないか」

「はい、わかりました」

「ところでツォン、今の、彼女からのメールか?」

「は?」

「珍しく優しい顔をしていたから」



つい笑ってしまった



「ルーファウス様からです」

「なに?いつの間に仲良くなったんだ?」

「昨日です。彼が寂しがり屋だというの、わかりました」

「少し妬けるな」

「ルーファウス様は貴方を待っていますよ」

「よし近いうちに無理矢理時間をとって会いにいこう」

「是非ともそうしてあげて下さい」




リーブさんが去った後、私はまた携帯を取り出し、メールを打った




『美味しいチョコレートを見つけました。チョコレートはお好きですか?』



返事はすぐに来た



『好きだよ』


『仕事が終わったので、お届けしますね』


『わかった。待ってる』


『後程お伺いします』
























「ツォンです」



部屋をノックすると、ドアが開いた



「入れ」

「すぐ帰りますよ、これを届けに来ただけです」

「一瞬に食べよう。もし、ツォンに時間があるならだけど」




ああ、そうか

それもそうだ



可愛いと思った



「ありがとうございます。お邪魔します」







そうしてごく自然に、一緒にいる時間が増えた

















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