告白








ルーファウスからの着信を確認し、通話ボタンを押すと

鈍く大きな音が聞こえた



ルーファウスが携帯を落としたらしい



「ルーファウス様?」




耳を澄ませると、少し遠くから声が聞こえる



ツォン、と、自分を呼ぶ声に続き

何かを殴ったような音



小さく呻く声はは確かにルーファウスのものだった



「ルーファウス様!」



そこで通話が途切れた

掛けなおすと、繋がらないというガイダンスが流れるばかり



「ルーファウス様は確か、今日は…取引先の企業の社長の…別荘に…」



相手を調べ、場所を調べ、車を走らせる






別荘には、高級な車が一台停まっている

この別荘の持ち主のものらしい




「ルーファウス様!」



扉を叩くと、二階の窓が割れ、小型のナイフが落ちてきた


ツォンはそれを受けとめる



「ルーファウス様のものだ…」



鍵をこじ開け、階段を駆け上がる

窓が割れた部屋の扉を開けると、その光景は衝撃的だった



一瞬、言葉を失った



「貴様!」



暗い室内で、首を絞めながら、ルーファウスの上で腰を振る男の頭をぶち抜いた



自分の首を絞める男の手を押さえていた血だらけのルーファウスの手は

男につぶされるように男と共に崩れ落ちた




ツォンが男を掴み、ルーファウスからはぎ取ると

ごとり、と音をたてて床に落ちた男の性器の先から白いものが流れて

ツォンはそれから目を細めて逸らした



しかし全裸の上司を直視できずに、視線を自分の足元に落とした



「ルーファウス様、ご無事ですか」


ツォンは、自分のコートをルーファウスに渡す


咳き込み、苦しそうにルーファウスが起き上がる



「遅い」

「…すみません…」

「汚れるから、いい、私の服は?」



コートを返すルーファウスの手を制すると、血にまみれたルーファウスの手が目に入った



「ルーファウス様、お怪我を…」

「奴の血だ。それより服を」



ツォンは床にあったルーファウスの服を持ち上げ、素早くルーファウスに向き直る



「これは誰の血ですか」



ルーファウスの身体を見ようにも、直視できない



「安心しろ、それについているのも奴の血だ」

「護衛は?」

「送り迎えだけ」

「…軽率ですね」

「同感だ」

「お怪我は?」

「それよりコレを外してくれないか」



ルーファウスを見ると、コートを羽織り、自分の足首を指さしている


ルーファウスの足首は、手錠でベッドと繋がれていた



擦り切れて、血が流れている



ツォンは眉をしかめながら、手錠を器用に壊した



「痛みますか」

「いや」



少し、声が震えている気がした



ツォンがルーファウスを見上げると

首に絞められた手の跡が生々しくついている



「くそ…」



ツォンの呟きに、ルーファウスは咳払いをひとつして

ベッドから足を下ろした



「車は」

「裏に回してあります」

「帰るぞ」

「はい」



立ち上がろうとするルーファウスの手を取ると、血が溢れ、流れ落ちた



「お怪我をしているではありませんか!」

「大したことはない」



そう言って立ち上がった瞬間

ルーファウスが倒れこむ



ツォンは素早くルーファウスを抱きとめた




「ルーファウス様」




気を失っている














ルーファウスの家にスペアキーで入り、ベッドに寝かせる



「なぜこんな事に」


眠るルーファウスの顔は青ざめている

額に触れると、少し熱い


唸るルーファウスの額を撫でる



「う…」



薄く目を開き、ルーファウスはツォンを見る



「ルーファウス様?」

「帰れ」

「お体の具合を…」

「帰れ!」



怒鳴られたのは初めてで

戸惑ったツォンは何も言えずにただ黙り込んだ



「何度も言わせるのか」

「…しかし…ルーファウス様…」

「疲れたんだ。一人にしてくれ」



ルーファウスの声はひどくかすれていた

ツォンはそっと寝室を出た

ルーファウスの気持ちが落ち着くかはわからない

でも、離れることはしたくなかった







小一時間が経過した時


ルーファウスが寝室から出てきた

ツォンの姿を見て、ため息を吐いた



「ルーファウス様、大丈夫ですか?



ルーファウスはそれには答えずに、バスルームへと消えた



足取りが、危なっかしい


手首の傷は深くはなかったが、痛むだろう

ツォンは頭を抱えて、壊れたルーファウスの携帯を眺める



少しして、ルーファウスがバスルームから出てくると

ツォンの隣に腰を下ろした



ツォンは素早くルーファウスの手を取り、傷の手当てをした



「洗っても洗っても、汚れが取れる気配が無い。臭くないか?」



ツォンは傷の手当てを済ませ、ルーファウスの手にあるバスタオルを取り

まだ濡れた髪を優しく拭きはじめた




「いつものルーファウス様の匂いですよ」



髪からいい香りがして、ツォンは目を細める

そして、ふっ、と笑った



「そうか」



首の手の跡が痣になっている

ツォンはそれに、目を細める



「聞いてよろしいでしょうか」

「なんだ」

「何故、あのような惨劇に?」



惨劇、とルーファウスは眉をしかめて小さく笑った



「愛を告白されて、丁重に断った」

「…そしたら、ですか?」

「ああ、寝室に引っ張っていかれて…押し倒された時にナイフで彼をかっ切ったら
殴られ服を切られ足を繋がれた」

「……そんな方だったとは…」

「私も正直驚いた」

「私に、電話はどのタイミングでしました?」

「ナイフの直後」

「ルーファウス様、護衛を連れていない時は、すぐに私をお呼びください」

「君は忙しい。今日もよく来たな」

「心配で死ぬかと思いました」

「それは悪かった。キミにしなれては困るな」

「彼に、愛を告白されて…どのように思いました?」

「戸惑った」

「何故ですか?」

「私は彼に対して、好感を持っていたが、彼はそれ以上だったんだから」

「嫌ではなかったと?」

「断った後に豹変するまでは、嫌ではなかった」

「彼は男ですよ」



ルーファウスはツォンを見て、すぐに視線を反らせた



「別に、男に好意を寄せられるのも、行為を迫られるのも、珍しくはない」



ツォンは絶句して、次の言葉を考えた



「…ルーファウス様は、男と関係を結ぶのも珍しくはないのですか?」



ルーファウスは困ったようにツォンを見上げ、苦笑した



「そう聞こえたか、それともそう見えるか」

「…いえ、あの…」



ツォンが返答に困っていると、ルーファウスは手櫛で髪を梳いた



「契約の為に、抱かれたりはしていないからな」

「…では、今回が、…男とは初めてですか…」

「ふっ…」



笑うルーファウスに、ツォンは頭を抱えて小さく唸った



「強姦されたのは初めてではないのですか?」

「そう言葉に出されると、何か…」

「無理矢理されたんですよね…?」

「理解できているなら聞かないでくれないか」

「何度かあったんですか、何度もあったんですか?」

「数えろと?思い出したくもない」

「そいつらが生きているなら、私が全員闇に葬ります」



頼もしい、と笑ってルーファウスが背もたれに深く沈み込んだ



「教えて下さい、そいつらを」

「生きてるのは、殺したらヤバい連中ばかりだ」

「構いません!」

荒くなった自分の声に、ツォンは口を押さえて驚いた

ルーファウスは一瞬きょとんと目を丸くして、すぐに笑った



「…すみませんでした…」

「仕事でもないのにそんな無駄な体力は使うな」



ちがう。ツォンの胸が痛んだ



「貴方に仕事以外で関われて、私は浮かれているのかもしれません」

「何故、昇進を狙っているのか?」

「違いますよ。私はずっとタークス主任でいたい」

「では何故?」

「言いません」

「なんだ、私が好きか」



一瞬にして、ツォンは固まった。顔が引きつる



「そんな顔をしなくても。冗談だ」



ルーファウスがツォンの表情を見て、表情を崩さずに自分の携帯電話を手に取った

すっかり壊れて画面が映らない



「冗談ですか?」

「当たり前だ」

「…それが事実だったら、どうするんですか」

「…冗談には冗談で返してくれ」


「貴方が好きです。でも、私は私情を交えず、職務を全うします」




予想もしていなかった言葉に、ルーファウスはまた目を丸くしてツォンを見上げた



「キミがそんな冗談に乗れる男だったとは知らなかった。
冗談が通じるなら、もう少し軽い会話もできるな」

「私は冗談でこういう事を言える人間ではありません」

「まあ、長い付き合いだからな」

「そういう意味ではありません、本当に…」



ツォンの目は真剣だ

ルーファウスは挑むようにその目を見つめ返す



「君は男がいいのか」

「いいえ違います。男がいいわけではない」

「私は男だが?」

「存じております。私が、気持ち悪いならそう仰って下さい」

「君は趣味が悪い、本当に悪趣味だ」



ルーファウスは目を閉じ、深呼吸をした




「キミに連絡をしたのは、間違いだったな」

「…そんなことを言わないでください…」

「聞かなかったことにするから、キミも言わなかったことにしてくれ」




悲しげな表情でツォンは「はい」と答える



「さて、もう帰っていいぞ、少し休むよ」

「お休みになるまで、居ます」



複雑な表情をしたルーファウスに、ツォンが慌てる



「いえ、やましい事は考えてません!」



ルーファウスは苦笑して手をひらひらと振った



「なんだそれ」

「いえ、あの」

「キミがなにかするとは思っていないよ」

「・・・ではこのまま居させてください」

「ああ、頼む」



ソファに横になるルーファウスに、ツォンは慌てて名前を呼んだ



「ルーファウス様、ベッドで寝てください」

「力が入らないんだ。ここでいい。寝心地は悪くない」

「…抱き上げて運びますよ。ベッドに」




ルーファウスは目を開いて目の前のツォンを見上げた


ルーファウスの視線を受け、ツォンが目をそらす



「わかった、ベッドで寝るよ」



立ち上がった瞬間、ルーファウスが床にひざを付いた



「ルーファウス様、大丈夫ですか?」

「…肩を貸せ」




ツォンはじっとルーファウスを眺め、抱き上げた



「うわ、おい!」

「なにもしません、移動させるだけです」



ルーファウスをベッドに寝かせると、ツォンは微笑む



「もう少ししっかり食べてください。軽いです」

「キミが力があるだけだろう」

「いいえ、軽いです。風に飛ばされますよ」

「馬鹿な」

「隣に寝てもいいですか?」



口角を上げてルーファウスはツォンを見上げた



「キミはなかなか度胸があるな」


「では、お休みください」



ツォンが部屋から出た後、ルーファウスは目を閉じた























何が言いたいわけではないけど、
これ去年の書きかけだったものでして。
それに少し文章を足しただけなのであまり意味が無いものに…

2009・5