やくそく・1
「つかれた」
社長室の外のヘリポートで仕事を終えたジェネシスが座り込む
社長の護衛は、疲れる
真っ黒な空を眺めていると 人の気配がした
黙って気配が近寄ってくるのを待つと 動きが止まった
ゆっくり目をあけると 手すりに人が座ってる
ジェネシスは慌てて立ちあがった
「副社長!危険です!」
「大丈夫だ。でももし落ちそうになったら落ちる前に助けろ」
「わかりました」
そう言って後ろからルーファウスを抱き上げ、引きずりおろした
「おろせとは言っていない…」
「でも落ちる前に助けました」
ルーファウスはあまり気にもしない様子で手すりによりかかる
「疲れたか、社長のお守は」
「護衛です。お守はしていません」
「あいつは注文が多いからうるさいだろう」
「いえ…ところで副社長は何故ここに?」
「ヘリを借りに」
「何処に行くんですか」
「別に目的地は無い」
「…そうですか。操縦できるんですか」
「あたりまえだ。でもキミにぶつかりそうで発進できなかった」
「ああ、すみません。でも家に帰るのが面倒です」
「ここで寝るなよ」
「…ヘリ、俺が操縦するので一緒に乗ってもいいですか?」
ルーファウスが不思議そうな顔でジェネシスを見上げる
そしてくびを傾げた
「構わないけど、どこか行きたい所でも?」
「故郷の空を飛びたいんです」
「感傷に浸るなら1人で行け」
「ひたりませんよ」
「…空を飛ぶだけか?」
「ええ、飛ぶだけです。降りません」
「馬鹿じゃないか?熱があるなら外で休んでるなよ」
長いドライブを終えて またへリポートに戻ったルーファウスがジェネシスを睨む
ジェネシスは頭を掻きながら苦笑した
「俺だって、色々考えるんです」
「だから感傷に浸るなら1人で行けと言っただろう。いい、ちょっと来い」
ルーファウスについていくと 副社長の執務室にたどり着いた
ルーファウスは解熱剤とミネラルウォーターをジェネシスに渡す
「すみません」
「早く帰れ」
「…帰っても1人だから、今日は仮眠室でも行きます」
「仮眠室は誰か居るのか?熟睡できるのか?」
「いえ…誰も居ないと思います。熟睡もできないです。でも家よりはいい。うち寂しいんですよ」
ルーファウスは腕組みをして自分の執務室を見まわす
そしてジェネシスの前に座った
「1人では寝れるんだよな」
「まあ、毎日1人で寝てます」
「じゃあここ使え。そっちの仮眠室にはシャワールームもあるしベッドもある。
簡単なキッチンもある。どうせ私は今日はここに泊まりだし」
「…何故泊まりなんですか?」
「仕事をため込んだから」
「本当に良いんですか?」
「ああ」
「副社長、ちょっと聞きたいんですが、俺はどこで寝たらいいですか?」
ジェネシスが仮眠室を眺めて言う
仮眠室にベッドはひとつ
ルーファウスはそのベッドを指差した
「そこしかないだろう。馬鹿かキミは」
「あ、はい…そうですよね」
「安心しろ、隣で寝たりしないから」
「いえ、そうなんですよ、そうしたら貴方はどこで寝るんですか」
「そんな事は気にするな。寝床はもう一つあるんだ」
「そうなんですか?いえ、隣でも俺は構わないのですが」
「私が構う」
「襲いませんよ?俺こう見えて紳士なんです」
ルーファウスが笑うのを隠すように咳払いをして首を振った
「そうじゃないよ。いいから休め。バスルームはそこ。
ガウンが何個かかかってるから好きに使え」
「副社長って親切なんですね」
感心したようにジェネシスが言うと ルーファウスが眉間に皺を寄せてソファに戻った
「調子は?」
すっかり熟睡したジェネシスが仮眠室から出ると
ルーファウスは既にデスクに向かっていた
「いえ、すっかりいいです。おはようございます」
「朝食、いつもしっかり食べてるのか?」
「いえ、軽く」
「そうか。まず顔洗って来い」
そう言うとルーファウスが仮眠室に入っていった
ジェネシスもその後を追いかけ、洗面台へ向かった
顔を洗って出ると 簡単な朝食が用意されていた
「…すみません」
「早く食べて、仕事に入れよ」
「なんか、奥さんを貰うとこんな感じでしょうか」
「なに、結婚したいのか?」
「そうではないんですが、なんとなく。副社長は食べたんですか?」
「勿論」
「…副社長、今日のご予定は?」
「これ片付けたら、出張」
「副社長の、護衛?」
ジェネシスは副社長の護衛を任され、少し動揺する
さっきまで一緒に居た…
「一応危険な場所だからな」
不機嫌そうなラザ−ドが言うと ジェネシスは目を細めた
そこまでする必要も無いのに、と呟いたラザ−ドの言葉は
ジェネシスには聞こえなかった
「統括は、副社長が嫌いですか?」
「…何故だ?」
驚いたように目を見開き ラザ−ドがジェネシスを見る
「その顔でわかりますよ。態度に出して良いんですか?」
「嫌い以前に信用できないんだ…まあいい、とりあえず夕方副社長を迎えに行き、同行しろ」
ジェネシスはスッキリしない面持ちでラザ−ドの執務室を出た
「副社長、数時間ぶりです」
ヘリの操縦席でルーファウスを迎えたジェネシスが笑うと
ルーファウスが噴き出した
「なんだ、護衛はキミか」
吹雪で大荒れの天気の中、目的地に到着して あまり大きくない一軒家に入る
目的はこの周辺の調査
近くに小さな町がひとつ
「家の中では自由にしてろ。別に外に行っても構わないけど」
ルーファウスはジェネシスにそう告げると 持ってきたバッグから上着を出した
「どこへ行く気ですか」
「少し周辺を見てくる」
その言葉にジェネシスは顔をしかめて上着を着た
「ついてくるなよ」
「1人で行かせるわけには行きませんよ」
「キミは目立って邪魔くさいんだが」
「…あなた自分が目立たないと思っていないですか?」
ルーファウスが眉を顰めてジェネシスを見上げる
「目立つか?私は」
「…副社長…思ったより…」
「なんだ?」
「…いえ、貴方はどこからどう見ても神羅の副社長ですよ」
「私はそこまで有名じゃないよ。メディアにもあまり顔を晒していない」
「知ってる人が見たらすぐわかります」
「いないだろう」
「それはどうでしょうね」
そのジェネシスの言葉に ルーファウスは上着を脱いでキッチンへ向かった
そっと近くへ行くと ルーファウスはジェネシスを見もせずに「コーヒー?紅茶?」と聞く
足音なんか立てていないのに、そう思いながらジェネシスは「どちらでも」と返事をした
「広くは無いが自由にしていろ」
ルーファウスがジェネシスに紅茶を手渡し リビングのソファに座る
自分の隣でつまらなさそうに本を読むジェネシスを気にも止めず
ルーファウスは仕事をこなす
ひと段落付いたとき ジェネシスを見てルーファウスは苦笑した
「何しに来たんだこいつは」
寝入っているジェネシスに寝室から持ってきた薄い毛布をかけ ルーファウスは立ちあがる
起きたら食べろ
という書き置きに従い ジェネシスは用意された食事をとってからバスルームに移動した
寝たと思っていたルーファウスが バスルームにいた
「…寝て…いるのかと思っていました」
バスタブから顔を出していたルーファウスが「起きたんだ?」と笑う
「折角だから入ります」
「脱衣所に私の服があっただろう」
「気付かなかった…わかっていたら入りませんよ」
シャワーを出して髪を濡らすジェネシスを ルーファウスは不思議そうに見つめる
「あまり見られると、少し恥ずかしいですね」
「傷とか、けっこうあるんだ」
「ええ、綺麗じゃないですよ」
「新しい傷、あるんだ」
「ああ、先日ついたものですこれ。これくらいなら跡は残らないですよ」
ルーファウスがジェネシスに近寄り 胸にある真新しい傷を見る
ふとジェネシスを見上げると目が合った
「…貴方本当にあのプレジデントの子供ですか?」
「残念だが本当だ」
「似てない」
「嬉しい言葉だね」
「…副社長は鍛えていないんですね。女の戦士より筋肉が無い」
ジェネシスがお湯から出ているルーファウスの肩と腕を見る
ルーファウスはバスタブの淵に肘を付いてジェネシスを見た
「私は兵士じゃない」
「貧相というか…」
「私に戦闘能力は不要だからな」
「勤務時間外に襲われたりもするでしょうが」
「ここに居る限りはキミはずっと勤務時間内だからな?」
「…あなた何回も誘拐されてますよね?」
髪と身体を洗い上げたジェネシスがバスタブに入る
ルーファウスは少し離れて首を縦に振った
「護衛が付いてても誘拐される事はある。一瞬のできごとなんだ」
「護衛が無能なんでしょう」
「キミなら、私を守りきれるか?」
「貴方が突飛な行動をしない限り」
「突飛な行動…」
「副社長、なんか顔赤くないですか?」
「ああ、やっぱりか。長く入りすぎた。のぼせた」
「早く出てくださいよ」
「先上がれ」
「何故ですか?」
「いいから」
「…身体を見られるのが恥ずかしいんですか?」
「貧相まで言われて気にならないと思うか馬鹿」
「気にしないで上がって下さい」
「いやだ」
「水です…すごい格好ですね…」
ジェネシスがソファに横になるルーファウスに水を差しだすと
ルーファウスはそれ受け取り 頬に付けた
結局ああだこうだと話をしてるうちにルーファウスが気持ち悪くなり
ジェネシスが先に出た
バスローブを着ただけの姿でソファに横になるルーファウスに
ジェネシスが水を渡した
この人はきっと 男にも女にも迫られているんだろうな
そんな事を考えながらジェネシスはルーファウスを眺める
「人形みたいだ」
ぽつりと呟いた言葉にルーファウスは反応をしなかった
触りたくなる。
白い顔をさらに白くさせるルーファウスの髪を ジェネシスがタオルで拭くと
ルーファウスはジェネシスに視線をやって笑った
「色素薄いですね」
ルーファウスが顔をしかめる
「うるさい」
「唇紫になってますよ」
「すぐ、治る」
ジェネシスはルーファウスが持つ水を取り上げ
指に水を付けてルーファウスの唇を濡らした
水を要求するようにルーファウスの柔らかい唇が微かに動く
「水のみたいですか?」というジェネシスの言葉にルーファウスがうなずく
「飲めますか?」
「あとで・・・」
ジェネシスがルーファウスの首を持ち上げて水を自分の口に含む
ルーファウスはその姿を呆っと眺めていた
「起きましたか」
ルーファウスが目を開くと ジェネシスの声が近くで聞こえる
いつのまにかベッドに寝ていた事を確認してルーファウスが上体を起こした
「ああ…かなり寝たか?」
「いえ、30分も寝てないですよ」
ベッドの横の椅子に座っていたジェネシスが立ちあがり
ルーファウスの顔を見る
「顔色はさっきよりマシですね」
「ああ、気分はいい」
「のぼせただけで普通たおれますか?」
「…そもそもキミが勝手に人がバスルームに居る事を確認しないで入ったんじゃないか」
「…まあ、そうですね。すみません。大丈夫ですか?」
「もう平気だ」
「それは良かった」
いつのまにか寝ていたジェネシスが立ちあがり
護衛対象のルーファウスを確認しようと 部屋から出ると
ソファの上で寝るルーファウスを見つけた
「そういえば寝室はひとつだったか…」
ルーファウスの顔を覗きこむ
今まで見た奴らとは全く種類が違う顔立ち、上流階級にしかないこの雰囲気、優雅さときめ細かい白い肌
ジェネシスがそっとルーファウスの髪に手を伸ばすと さらりと髪が揺れる
間近でルーファウスと目が合った
「…」
無言でジェネシスが引くと ルーファウスは眠たそうにジェネシスを見上げた
「何か用でも?」
「…貴方は…綺麗ですね」
ジェネシスが思ったままを口に出すと ルーファウスは笑った
「キミのほうが綺麗だよ」
「貴方にはかなわない。髪触っていいですか?」
「そういう趣味は無いからな」
「触るだけです」
髪を撫でると サラサラと流れ落ちる
「…なんだこの髪」
「なにが?」
「きもちいい」
「お前は気持ち悪い」
「…ほんっと可愛くないですね。寝るならベッドで寝て下さい」
「ベッド一つしかないんだよ」
「だから使って下さい」
ルーファウスは起き上がり 髪を手櫛ですきながらジェネシスを見る
「キミはデカくてこのソファには収まらないだろうが、私は無駄にデカくはないから収まる」
「それは嫌味ですか?気を遣っているのですか?」
「嫌味だ馬鹿」
またソファに転がるルーファウスを抱き上げると
ジェネシスはルーファウスを寝室に運んだ
「離れて寝るから、安心してください」
「そういう問題か?」
翌朝ゆったりと紅茶を飲んでいるルーファウスに
ジェネシスは挨拶をして隣に座った
「そういえば、この辺の調査は?」
「…ああ、そのこと…」
ルーファウスが苦笑をして手を止めると 紅茶を飲んでから窓の外を見た
「実は調査なんかないんだ。ただ、ちょっと休みたかっただけ」
「…仕事をサボる上司を護衛してるんですか俺は」
「仕事という仕事が無くて悪いが、キミも息抜きと思って身体を休めてくれ」
「社長がよく許しましたね」
「別に、私はデスクに向かう仕事が多いからどこででもできる。それに、近くにいない方が楽だろうからな」
「仲悪いんですか?親子仲」
「さあ?」
「…なんで休みたくなったんですか」
「なんとなくだ。休みも無かったしな」
「…護衛にかり出された俺には聞く権利はあると思いますが…」
「本当に特別な理由は無い」
うるさい本社から離れたかっただけ、とルーファウスが呟いてまたパソコンに視線を向けた
「人との付き合いが嫌いなんですか?」
「いや、別に」
「何でこんな雪に閉ざされた山奥を選んだんですか?」
ルーファウスがジェネシスに視線を向けて 困ったように笑った
「静かだと思ったから。護衛がうるさいとは計算外だった」
ジェネシスが笑って 紅茶に口を付けた
上辺だけの笑顔はよく見るが この人はどうしてこうも楽しくなさそうなんだろう
ジェネシスがルーファウスを眺めながら考え ふと外を見た
外は雪は降っておらずに、暖かい
ルーファウスがひと仕事を終え、窓の外を見る
ジェネシスが外でスコップを持っている
ルーファウスが窓をあけると ジェネシスがルーファウスを手招きする
「副社長、雪で遊んだことってあります?」
「無いこともないが、あまり記憶に無い」
「これ見てくださいよ」
そこにあったのは巨大な雪だるまと雪山
ルーファウスは腕を組んでそれを眺めた
「すごいな。私の背丈と代わらないぞこの雪だるま」
「雪だるまは完成したんですが、こっちはまだです」
「もっと大きくするつもりか?スキーかなんかでもやるのか?」
「いえ、そうじゃないんですが…完成してからお見せしますよ」
「楽しみにしているよ。なんだか平和な時間の使い方だな」
「自分でもそう思います。こんなこと、ずっとしてなかったから」
「楽しいか?」
「ええ。少し寂しいですが」
「何故」
「1人でこんなことしてるから」
そう言ってジェネシスが笑う
ルーファウスもこたえるように笑った
ルーファウスがもうひと仕事終えた頃にはすっかり暗く、冷え込んでいた
家に入ってこないジェネシスを窓から覗くと 満足そうにジェネシスが笑っていた
おおきなかまくらを完成させたジェネシスは ろうそくを中に入れてから窓を叩く
ルーファウスが顔を出すと ジェネシスがてまねきをする
「副社長、完成しました。入ってみてください」
「おお!こんな短時間で家を建てたのか!伴侶もいないくせに!」
「ははは!はい、家を建てました」
ルーファウスが入り、ジェネシスも入る
ルーファウスは辺りを見回してからジェネシスを見た
「広いな。暖かい」
「面白いでしょう」
「ああ、初めてだこんなの。よく作れるな。崩れないのか?」
「ええ、凍ってますから」
「溶けるの、もったいないな。溶けるかな」
「大雪で潰されたりとかはあると思いますが、ここの気候では溶けないと思いますよ」
「そうだ、じゃあこれの上に屋根を作ればいいんじゃないのか?」
「気に入ってくれたんですか?」
「ああ」
「壊れたら、また作りますよ」
「本当か?忙しくても作りにこいよ」
「わかりました」
「寒かっただろう?温まって来い」
ルーファウスが笑いながらバスルームを指差した
ジェネシスも笑いながらうなずいた
食事をしながら ジェネシスが口を開く
「ところでベッドは一つですが、一緒に寝て良いんですか?」
「いや、私は別に寝場所がある」
「それ、ソファじゃないでしょうね」
「普通に寝れる」
「確かにあのソファはベッドにできるでしょうけど、駄目です。俺がそっちで寝ます」
「だから、キミのがでかいだろ」
「そういう問題じゃないです。ベッドあれだけ大きいんですから昨日のように一緒に寝ましょう。近付きませんから」
ルーファウスが噴き出すように笑って首を振った
「ところで副社長は恋人は?」
「いない」
「俺もいません。俺は一筋になるタイプなんですけどね。副社長は?」
「そういう事自体興味が無い」
「…好かれることは迷惑ですか?」
「さあ、私自身は好かれないタイプでね。好かれるのは神羅というブランド」
「もっと笑ったり感情見せたほうが良いですよ」
「大きなお世話だ」
そう言って笑うルーファウスの顔に ジェネシスは微笑んだ
「なんか、貴方はなんか俺のツボに入ります」
「私が何をした」
「…いえ、何もしてないんですが、それでいいんです」
「わからん」
なんかわからないけど、ドキドキするのはなんでだろうと考えながら
シャワーから上がったルーファウスを見る
ルーファウスはジェネシスと目を合わせて苦笑した
「なに?」
「あの、副社長、そういうカッコでふらふらされたら困るんですけど」
「どんなカッコ?服は着てるぞ」
「あー、そうですね。髪濡れてますけど」
「髪?髪が濡れているとおかしいのか?」
「いえ、そうじゃなく…なんか隙がある」
「隙…」
「ええと…迫りたくなります」
「迫る?」
ルーファウスは難しい顔で自分の身なりを確認する
その姿を見てジェネシスが笑った
「なんていうか、いつもと違う姿を見たからかな。
貴方には不思議な魅力がありますよね」
「どんなだよ」
「見ていられませんよ」
ルーファウスが肩にかけていたバスタオルを取り上げその頭を拭きだす
ルーファウスは半歩下がって肩をすくめた
「驚くじゃないか」
「すみません。でも…」
ルーファウスが黙ってジェネシスを見上げる
ジェネシスは目を細めてルーファウスの髪を撫でた
「あまり、見ないで下さい」
「睨むなよ」
「睨んでいません」
「目つき悪いぞ」
「…やっぱり自分で拭いてください」
「わ…」
ルーファウスの顔にバスタオルを巻いて ジェネシスが寝室に入った
「なんだあの髪。なんだあの肌。なんだあの顔」
ジェネシスが頭を枕の下敷きにしていると ルーファウスが寝室に入ってきた
ベッドに腰をかけると、ジェネシスの背中を叩く
「そんなに気にしていたのか?」
「…何をですか」
「目つきが悪いって。キミはいつもはそんなに目つき悪くないぞ」
「なんのフォローですか」
「そんな事で機嫌が悪くなられても困る。子供じゃな…」
急にジェネシスが起きあがり ルーファウスを組み敷いた
ジェネシスはルーファウスの顔に顔を近付けて目を細めた
「違います。機嫌が悪くなったわけじゃありません」
ルーファウスは少しもひるむことなく まっすぐにジェネシスを見上げる
「心境の変化がわからない」
「知りたいですか?」
「機嫌が悪くなったのではないならいい」
「知りたくは無いですか?」
「言いたいのなら聞くが」
ゆっくりと ジェネシスがルーファウスの唇に唇を重ねる
そして寝室を飛びだした
かまくらの中に座るジェネシスをルーファウスが覗きこむ
ジェネシスは目を合わせずに下を向いている
「見つけたぞ」
「…すみませんでした」
「なにが」
「押し倒してキスをしたこと…」
「謝るくらいならするなよ」
「でも、すみません」
ルーファウスがジェネシスの隣に腰をおろし 新しいろうそくに火をつける
「私はそういう感情には疎い。女に欲情もしないからわからない」
「性欲が薄いんですね」
「そうだな。有効な時間の使い方に思えない」
「…キスは、はじめてじゃないですよね…?」
「そういうこと聞かなくて良いよ」
「まさかファーストキスとかじゃ…」
「説明しにくい」
「あー、じゃあ、キスして良いですか?」
「やだよ」
ルーファウスが笑ってジェネシスを見る
ジェネシスも笑ってルーファウスを見た
「冷えるから、中に入ろう」
「はい」
「襲わないですからベッドで寝てください」
「もう少し仕事をしてからな。先に寝てろ」
黙ってベッドの端に身体を寄せてルーファウスを待つ
浅い眠りから覚めても来ないルーファウスを覗きに寝室から出ると
ルーファウスはテーブルに突っ伏していた
ジェネシスがルーファウスの髪を撫で 額にキスをする
少し眺めて、そっと抱き上げようとするとルーファウスが飛び起きた
「…驚かすなよ」
初めて見る、本当に驚いたルーファウスの表情に驚き
ジェネシスがルーファウスから手を離した
「すみません…こんな所で寝ていたもので…」
「ああ…」
ルーファウスが目を押さえてから立ちあがる
「何か飲みますか?」
「ああ、暖かいもの」
「アルコールは大丈夫ですか?」
「ああ」
「ホットワインは?」
「うん、いいな」
「一緒に飲みますか」
ジェネシスがルーファウスにホットワインを差しだして 隣に座る
ルーファウスが一口飲んでジェネシスを見た
「うまいよ」
「よかった。…夢でも見ていたんですか?」
「いや、単純に驚いただけ」
「それならいいんですが、すごい驚き方してましたよ」
「失態だ」
「ベッドで寝てくださいね」
「…そうだな…雪がすごいな」
「あ、本当だ」
「かまくらは?無事か?」
「大丈夫ですよ」
呆っと窓を眺めるルーファウスを眺め ジェネシスが頭を掻く
これが副社長の寝起きなんだろうか
いつもより表情が幼く見えた
ふ、とルーファウスがジェネシスを見た
「ジェネシス」
「は…はい」
「キミの故郷の星空はとても美しかった」
「…俺も、そう思います」
「故郷は、好きか?」
ジェネシスは一瞬頭が麻痺したような感覚に襲われる
「…はい、好きです」
ルーファウスは困ったように、笑った
「どうしたんですか?いきなりそんな」
「なんとなくな。所で上官には恵まれていると思うか?」
「ええまあ、うちの統括は、かなりのやり手ですよ」
「そうか」
ジェネシスがルーファウスを眺めながら考える
なんだろう、この違和感
何となく 不機嫌な統括の顔が頭に浮かんだ
そういえば統括は・・・
「何故そんな事を聞くのですか」
「不満が無いか聞いただけ。たいして意味は無いよ」
「不満はありませんよ。いい環境なんです」
ルーファウスが口角を上げて、ぐっとホットワインを飲み干す
「疲れてるのかな?酔いそうだ」
「たまに酔っては?まだありますよ」
「…もらうよ」
ジェネシスが楽しそうに故郷の話をすると
ルーファウスは笑いながら喜んだり 質問をしてくる
ジェネシスは嬉しそうに色々なことを話した
年齢にそぐわない大人びた年下の上司が
年相応に見える瞬間が ジェネシスには嬉しかった
「そのジュース、飲んでみたい」
「バカリンゴを今度持って帰ってきたとき、俺が作りますよ」
「期待して待ってていいのか?」
「勿論」
喜ぶ顔が嬉しいなんて、おかしい
ジェネシスはそんな事を考えながらルーファウスを眺める
「たまにね、意味も無く、切なくなるときがあるんです」
「1人で寝れなくなるのって、そんな時?」
「ええ。人が恋しくなる」
「その人恋しいって、わからない」
「何故ですか?」
「こっちが聞きたいよ」
「…副社長ってすごく好きな人とかいます?ご両親でも誰か別の人でも」
「いないな」
「即答ですか…抱きしめられながら眠ったことくらいあるでしょう?」
「誰にだよ」
「親とか…」
ルーファウスははっとしてジェネシスを見上げる
「…キミは、家族を愛してるか?」
「ええ…」
「キミの家族は、キミを本当に愛しているんだな」
「はい」
笑うジェネシスに ルーファウスが微笑む
血の繋がりが無くても、愛情を貰って育ったなら、きっと不幸じゃない
きっと。
「副社長は?」
「ん?」
「副社長は、家族を愛していますか?」
「まさか!血の繋がりがある奴はみんな死んで欲しい!」
ジェネシスは機嫌良さ気に笑うルーファウスに、どきりとする
この人は、一体なんだろう
掴めない
「何故そう思うのですか」
「憎いから。他に答えがあるか?」
「…何故憎いのですか」
「聞いてどうする。親父を殺せるか?」
「…いえ…」
「なら聞くな」
何故自分が悲しくなるのか
ジェネシスは自分の手元を眺めてからグラスを空にした
「副社長、家族は、血の繋がりが無くても強い絆で結ばれていれば…」
ルーファウスがジェネシスを見つめて 立ちあがる
そしてジェネシスの頭を抱きしめた
「血の繋がりなんかあてにならない。でも、キミの両親のキミへの愛は本物なんだろう」
ルーファウスが手を離し 残っていたホットワインを飲み干すと
寝室へ向かった
「眠くなったよ」
ジェネシスは少し呆然としてから立ちあがった
横になるルーファウスの隣に勢い良く転がり
ジェネシスはルーファウスを豪快に抱きしめる
ルーファウスが驚いてジェネシスを見上げると
ジェネシスは苦笑していた
「なんだか寂しいので、こうしてていいですか?」
「キミはスキンシップが好きなんだな。うっとうしい」
ルーファウスがそう言いながら笑って目を閉じた